人面花

「カナブンみたいって悪口なの」

私は少しの罪悪感と自分にしかわからない美しさを信じる優越感をもって言い放った。

私が画面に映る人の虹色の髪の毛を褒めたら、それは侮辱になるという指摘を妹から受けた。まあ、あとからちょっとだけ、玉虫って言った方がよかったかなと思ったんだけど。あとからもう一度見たその人の髪の毛は、私の想像よりもきらきらと光っていなくて、勝手に残念になった。貴方のこと、もっと光ってると思ってたんだ。

 

夏の暑い日というだけでは失礼なくらいの、立ち込める水分にむせそうな、気をしっかり持っていなきゃ全てを奪われてしまいそうな地面からの熱を受けた日に、私は立っていた。

いつからそうしていたかわからないけど、歩き出さなくちゃ萎れてしまう。そう感じて一歩を踏み出した。どうやらここはなにか違う。違和感って唐突に感じるものだから自分でも驚いた。ここは私の住んでいる世界じゃない。しばらく歩くと自分の想像上にあるお手本のような住宅街に入った。私は一つのどこかを目指して歩いているけど、なぜだかわからないし、どこにあるのか見当もつかない。

私の足が靴の中でじとっと汗ばみ、その感覚さえ真新しいものとして感じなくなる頃、私はそこについた。

建物ではないから扉はないけど、たしかにここは私の行きたい場所だとそれだけわかる。

歩き進めるとそこには花が一列にずーっと奥まで咲いていた。道だ。私の歩く。一つ一つを見ていこうと少しきつい姿勢に腰をかがめる。私の見たことのある花ばかりだ。ぴんくやきいろ、しろの百合のような花なんかもある。ちょっとおかしいのは今が吐きそうな夏で、そこにはピンピンとした生花がコンクリートから生えているってことだけだ。一つ一つ見ていくけど別に匂いはかがない。だって花ってにおうものじゃないと思うから。初めは丁寧に一輪ずつ見ていたけど、だんだんと、自分の目が慣れてきて流れるように花を目に通していくことになった。そうしたらいつのまにか花たちは私を背ける方向に咲くようになって、私が見ると振り向くようになった。でも全部普通の花だから特段面白いわけでもなくって、五十かそこらあたりでもう飽きてきた。綺麗だなと気持ちを立て直して見ていく。

 

ぱっぱっぱっぱって、振り向いてくれる花を見ていたら突然にある花が振り向いて私は度肝を抜いた。

顔だ。顔がある。花に。気持ち悪いしかも。気持ち悪い、リアルに満ちた顔、男か女かわからない、でも人間とわかる顔の造形が、花の中に組み込まれている。私の足は当然のように歩みを止めて、その花を見る、私の頭はぐるぐると回り始める。

この世界は人間と同じように花にも障害をもって生まれてくるものがいるようで、ここは、花としての障害という場合もあるけども、人間と花の生命が複雑に絡み合う世界線のようだ。

だからなのか、私の反応は障害があって体が見たことないような方向にとがったり、上手く喋れずに涎を垂らしてしまうような人に向けるものと完璧に等しかった。

みてはいけないような、みないといけなくて目を逸らしてはいけないような。いつものあの雲がやってくる。心にかかる灰色の雲は、私に気持ちの悪い表の笑顔と罪悪感と密かな焦りを運ぶ。

私はその花を見つめた。見つめていた。私は理解するふりをしていつもみたいに笑った。

 

おわり。